自分の実年齢と精神年齢が余りに乖離していると感じ出してもう随分経つ。年を取ることそのものは別になんとも思わないのであるが、誕生日が来るたびに、うーむ、果たして世間様にこの年を名乗って良いものだろうか、と自問してしまう。そんなワタシも、もう先月31になってしまった。恐ろしいことである。
T氏は確かワタシの一つ上で、ネット上で知り合った友達である。大阪のミナミでホスト稼業を経て高級ラウンジのボーイとなり、果てには経営を預かる身分となり、まぁよーするに夜の世界でのし上がった男である。30歳目前まで学生生活を続けていたワタシとはワケが違う。文字通り酸いも甘いも噛み分けた人生を送ってきたハズである。
あるとき、どういうわけか彼と二人で飲みに行った。その席で彼は、部屋に6匹ものアメリカンショートヘアーを飼っていると教えてくれた。そして、その猫たちこそが仕事への原動力なのだ、と言った。「俺が働いてやらな、アイツら死んでまうからなぁ」と彼はタバコをふかしながら言った。そしてニヤリと笑ってワタシにこう言った。「ま、オトコに扶養家族は必要やで」
うむ、なんと含蓄のあるお言葉だ、と思ったものである。ワタシとたった1つ違いとはいえ、20代のほぼ全てを大学などというところで過ごしたワタシとは、人生経験の質と量が違うことは明白なのである。少なくともワタシには「ブランデーを頭からぶっかけられた」り、はたまた「お詫びでドンペリを一気飲みした」りした経験はないのである。
扶養家族といってもヨメやらコドモやらは、ある種授かりものみたいなモンであり、よし手に入れるぞと一人で勇んだ所でどーともならんのであるが、ネコなら話は早い。その話を聞いてからというもの、「ネコを扶養家族として迎えることで、少しでも一人前の男に近づく」という大命題がワタシの人生に加わったのである。そんな大層なこっちゃないのかもしれんのだが。
そして先日。不可解なアメリカのペットシェルターのシステムに辟易していたころ、タイミングよく「子猫あげます」の掲示を見つけ、飛びついてもらってきたのがこちらの写真の子猫ちゃん。親元離れても寂しがる様子すら見せず、アパート狭しと走り回っております。うひゃぁもうメロメロ。デジカメでムービー撮ったりなんかしちゃったりして、すっかり親バカの様相を呈しております。ゴロゴロゴロ。
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